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どうも! 昨年末、13年ぶりに高松にUターンしてきたオーシカです。
先日、「はなまるうどん」の創業1号店である木太店を、久々に訪れました。
なんの変哲もない住宅街の店舗だけど、実はオーシカの実家のド近所。
できた頃から行っていたし、母親がよくうどんの「玉」だけ買いに走ったりしていました。(はなまるうどんのうどん玉はテイクアウトできるんです)
地元民でも、わざわざ全国チェーンであるはなまるうどんに行くの?
通なお店に行くんじゃないの?
「はなまる」は香川県が生んだスター企業だから、応援している県民が多いんですよ(^^)
東京にいた頃も、故郷の味が懐かしくなってはよく食べに行ってました。(僕、ヘビーユーザーだったんです!)
この木太店、発祥の地を示す看板(上)や、「はなまる神社」なるモニュメント(後述)があり、はなまるファンなら一度は行っておきたい店舗なんです。
はなまるうどんの歴史と地元民・オーシカ的回想
ここで少し、はなまるうどんの歴史をたどってみます。
はなまるうどんは、2020年2月現在の情報で506店舗。
映画『UDON』(2006年)の公開で一躍全国に知られた感のある讃岐うどんですが、はなまるうどんが生まれたのはさらにさかのぼって2000年。
創業当初は、まだローカルなうどん屋だったと記憶しています。
その頃の思い出があるから、一大飲食チェーンとなったいまでも、県民は愛してやまないんでしょうね。
2002年に県外初出店し、その年の9月には早くも東京・渋谷に進出しました。
破竹の勢いに見えますが、きっと苦労もあったと思うんですよね。
今でこそ浸透した、お盆に天ぷらやおにぎりを取って注文する「セルフうどん」というスタイルは、当時香川県民以外には馴染みのないものだったはず。
僕自身、昔は県外の「はなまる」に友人を連れて行くたび、「これどうやって注文するの?」とたびたび聞かれては、言葉に困りました。
しかし、「はなまる」は讃岐うどんを早い・安い・美味しい「ファストフード」のイメージに刷新。
そのおかげで、香川県の「セルフうどん」というスタイルそのものが、いまや日本中でメジャーになりました。
県民としても、とても鼻が高いです笑
「かけ」と「野菜かき揚げ」が不動の鉄板的組み合わせ!
さて、前置きが長くなりました。
わたくしオーシカ、香川に帰省するたびうどんそのものは食べていましたが、この木太店を訪れるのは十数年ぶり。
さっそく入店です。
入口を通ってすぐ、左手に「はなまる神社」なる、モニュメントが。
引けるのかどうか分かりませんが、「はなまるおみくじ」も置かれています。
おそらくこれがあるのは、発祥の地である木太店だけでしょう。
そうそう。讃岐うどん屋にはおでんが付き物だけど、そのイメージを全国に浸透させてくれたのも「はなまる」の功績なのかな。
おでんの場所は変わった気がするけど、天ぷらを取ってオーダーするまでの導線は、昔から変わっていないと思います。
そして、今回オーダーしたのはこちら。
「かけ」(または「ぶっかけ」)と「野菜かき揚げ」こそ、外しのない不動の組み合わせ。
久しく食べていなかったので、おでんの代表的なタネ「大根」もセットで。
ダシは透き通るような見た目と、いりこの甘みのある舌触り。
さらに、かき揚げの旨みが染み出して、より味わい深くなるんですよねー。
めんは変わらずコシが強めで、(小)サイズでも満足感があります。
「うーん、やっぱり安定のこの味!」
「安定」というとマイナスイメージに聞こえるかもしれませんが、県民皆うどんには人一倍うるさい香川県にあって、「みんなに好かれている」ってスゴいことなんですよ。
「はなまるうどん 木太店」の店舗情報
2000年に高松市はこの木太町で産声をあげた、はなまるうどん。
「どこでも同じ味が食べられる」という点では、この木太店だけが特別ということはありません。
しかし、発祥の地を示す看板・モニュメント・年表などがあり、小さな資料館としての役割を持っているのがこのお店。
讃岐うどんを全国区に知らしめた立役者、その歴史に思いを馳せる意味でも、ファンなら一度は足を運んでみてはいかがでしょうか。
琴電林道駅からおよそ徒歩5分の距離。
県外から来られる方も、市街を走る私鉄・琴電を起点にして行くことができますよ!
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